思想・生き方

ほどゆる人生論*他者貢献から自己貢献~他人のために生き続けた時代からのシフト

Ami助
Ami助

思いやりを持って、人には優しく・・・

周りの人の役に立って生きていきたい。

そう思って頑張ってきた人生でした。

 

元号が「平成」から「令和」に変わったタイミングで、ふと思ったこと。

 

Yami助
Yami助

平成ってさぁ、

本当に「平らに成れ」な時代だったよね。

 

「平らに成る」角がないマル〇の人間が好まれた時代

私は「普通の幸せ」を求め続けて生きてきた平凡な女性でした。

昭和の終わりごろに生まれ、育ったのは平成の時代。

 

Yami助
Yami助

今となっては笑い話だけど、貧乏で愛情不全でネグレクトな両親のもとに生まれ、幼少期はいじめられっ子。

傷だらけの子供時代だったよね。

 

My助
My助

コミュ障で周りに馴染めなかった私は「普通の家庭に生まれた子がうらやましい」と過剰なほど【普通】【平凡】な家庭に憧れました。

 

多くの人が同じテレビを観て、同じ音楽を好み、同じ価値観を共有する学校社会。

そんなにインターネットも普及していない時代、貧乏・愛情不全の家庭で育った結果、必然的に【情報不足】【情弱】に陥っていきました。

 

学校、家庭、テレビ。

限られた交友関係と情報の中で構築されていくのは「勉強やスポーツができる人が勝ち組」「こういう仕事がいい仕事」「大学を出たら〇年は働いて、結婚して家庭を築いて~」「こういう髪型や性格がかっこいい・可愛い」など、どこか画一化された「普通」「常識」「標準」の世界。

 

そして社会全体に暗黙的に存在する「空気を読む」「自己主張を抑えて、和を重んじる」「多数派に合わせる」という圧力。

 

無意識のうちに刷り込まれた「角がない丸い人こそいい人」という固定概念に、私はガチガチに縛られていました。

 

本当に「自分の人生」を生きれてる?幸せだったけどどこかで感じ続けていた違和感

 

My助
My助

私は落ちこぼれだから・・・人一倍がんばって普通の人にならなきゃ!

人並みに幸せになりたい・・・!

 

気づけば「誰かが決めた、普通の幸せ」に向かって努力するようになっていました。

 

「進学するためにいい成績を取ろう」

「自立するために早く働いてお金を稼ごう」

「周りの人に認めてもらえるよういい人でいよう」

「彼氏に好かれるように優しい女性でいよう」

 

・・・そうすれば、私でも普通に幸せになれるかもしれない。

 

実際に「いつも頑張ってるね!」「偉いね!」と周りから認めてもらえるようになり、それなりに幸せな人生を送ることができるようになっていきました。

 

 

My助
My助

自己否定が強かった私でしたが、人間関係に恵まれるようになり「努力すれば人に認めてもらえるんだ」「私でも誰かの役に立てるんだ」と他者貢献をして人に承認される生き方・喜びを知りました。

徐々に自己肯定感も育まれ「普通の幸せ」を手にすることができました。

 

Yami助
Yami助

でもその幸せの裏では「本当にこれでいいのかな?」「これはちゃんと”私”の人生なのかな?」という違和感がずっとあったんだよね。

頑張れば認めてもらえる、褒めてもらえる、居場所がある。

でも、頑張るのをやめたら?私が「いい人」じゃなくなったら?

自分の話してることや考えていることは、本当に自分の本音なのか?

自分の人生が他者承認されて光が強くなればなるほど、心の奥にある闇が深くなっていく気がしていたんだ。

 

 

会社員(システムエンジニア)、フリーター、介護士を経て看護師になっていた私。

会社員時代にうつ病・自律神経失調症になり休職・復職を繰り返していた私は、看護師の「自己犠牲・奉仕」の姿を目の当たりにして、今まで自分の中にあった違和感が一気に膨らんでいくのを感じました。

 

 

My助
My助

患者さんのために、周りの人のためにって・・・みんな元々優しい人のはずなのに、すごく我慢してて苦しそう。

どこかで自分をないがしろにして後回しにして・・・。

そうか、日本の女性は他人のために頑張りすぎているんだ。

 

Yami助
Yami助

患者さんも、もう寿命なのに過剰な医療・介護で生存期間だけ長くなって苦しそう。

その膨大に増え続ける治療や処置・世話をし続ける医者も看護師も苦しいし、結果的に若者が健康と寿命削ってるよね。

本質がすごくズレてて、本末転倒じゃん。

こんな「誰も幸せになれない医療」やってたら、結局誰のためにもならなくない?

 

止まらない疑問や違和感が募り、病院の看護師を辞めたのは2年前の2017年。

生まれて初めて「雇われて働く」という枠から飛び出した瞬間でもありました。

 

個性を解放して支え補い合う。凸凹で調和する社会へのシフト

雇われて働く世界から飛び出して、気づけばフリーランスになっていました。

看護師を辞めたときに自分のキーワードになっていたのは「予防医学」でしたが、今は女性のキャリア相談やカウンセリング・ライター業など、ご縁に導かれてパラレルキャリアな働き方をしています。

 

Yami助
Yami助

一時期は、MLM(ネットワークビジネス)とか高額〇〇セミナーとか、アヤシイ世界に足を踏み入れたこともあったよ。

すぐに離れたけど、あぁいうところって仕組みは悪くないんだけどヒューマンエラーが多いよね。

でもさ。経営者から会社員、個人事業主・・・それまでに出会えなかった色んな人に出会って、誰もが「自分の人生」を生きるために前に進もうとしてるのを感じたんだ。

 

My助
My助

どんな仕事をしててもいい。

どんな生き方をしててもいい。

でも、誰かが決めたレールの上を生きていたらいつか苦しくなる。

だから誰もが自分が納得できる幸せな生き方ができたらいいと思うし、自分もそうやって生きていきたい。

世間が決めた「社会のレール」「普通の幸せ」という誰得か分からない正解より、自分が腑に落ちて満足できる「納得解」な生き方に行き着けたら、幸せに生きられる日本人が増えるんじゃないかなぁ。

あ、そのためにはまず自分が幸せにならなきゃ!!!!!

 

 

ほんの2年前までの私は、相手の気持ちを優先して「優しさ」「思いやり」を軸に生きてきました。

もちろんそれは今もこれからも持っていきたい考えですが、「自分を押し殺して人に優しくする」とか「自分がしんどいときにまで人の役に立つために頑張る」とか・・・そういう思考や行動は少しでも手放していきたいと思うようになりました。

 

人には個性があり、強み・弱み、長所・短所がある。

それを「自分ひとり」で埋めて丸い完璧な人を目指す人生は、もうやめたい。やめよう。

他人軸をやめて、自分軸で生きたい。

強みを伸ばして発揮して、弱いところはそこが得意な人が補う。

そんな社会ができたらいいし、自分がまずそうありたい。

 

 

My助
My助

そうやって考えたら、むりして他者貢献することを手放して、まずは乾いていた自分の心を満たす自己貢献がしたいと思ったんです。

自分に貢献する。自分を労わる。自分を肯定する。自分を大切にする。

自分をきちんと満たして、溢れたエネルギーで周りの人に貢献したい。自己実現したい。

誰かの人生を生きるのは、もう終わりにしたいんです。

 

そう思って、このブログを始めました。

コンセプトは「I for me(私は私のために)」「My selfcare nurse(自分自身を看護・ケアする)」・・・自分を含め、そんなあり方で幸せに生きる女性が日本中に増えたらいいなと思っています。

 

ちなみに、ブログに登場する”Ami助”の「ami」は「友人」という意味のある言葉。

自分で自分を助ける最高の友人に。

 

自分を助ける”My助”と隣の誰かを助ける友人”Ami助”。私の本名である”マイ(Mai)”から生まれた小さな私の分身です。

 

願わくば、これを読んでくれてくださった方の助けにもなれる隣人みたいな存在になれたら嬉しいです。

 

元号が「平らに成れ」の平成から令和に変わった今、思い立ってブログを始めたのも、きっと何かのご縁。

令和が、これからの社会が、凸凹で補い合って調和するような時代になっていけばいいなぁと私は願っています。

 

こうして取り留めなく、日々思ったことをアウトプットしていきます。

 

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。

あなたの健康と幸せな人生を祈っています♡

 

*I for me♡マイセルフケア~あなたはあなたのために。私は私のために*

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